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歴史を振り返る 

デカール貼りがひと段落したので、調子の悪いPCのサルベージをしていたら
懐かしい写真類がでてきたので自分の歴史を振り返ってみた(笑)

以下、酷い写真が続くので「続き」に掲載。




じゃん。

ボディ製作をはじめた頃の処女作、MP4-17D(のつもり)

しかし今見ると酷い出来ですな、、、、orz
このころからラウンチ画像みてせっせと作る→開幕戦でいきなり付加物増えて倒れる
の歴史も始まってます。



当時はインダクションの形状いじっただけで満足してたんだよな~。
この年は結局MP4-18の出る出る詐欺に右往左往してた記憶も。

翌年はMP4/19のボディが発売されたんですが、すっかり調子のよかったBARホンダに
あてられてこんなのも作りました。



BAR006です。
これもちょこちょこ~っと手を加えただけですが、処女作からすれば結構な進歩を感じます(笑)
BARは金色っぽい部分の塗装で悩み、結局毎回デカールに逃げてました。
このシーズンの後半はMP4/19Bも作ったりしましたね。

今は宇宙世紀で戦争中の人が前年に作ったF2003-GAの流れからサイドポンツーンのスキャロップに手をつけ始めたころです。

そして一気にブレイクスルーを迎えたのが2005年



「炙る」というスキルと「プラリペア」という素材がMIAに持ち込まれ
ボディワークが激変した年でした。

この年から塗装やクリアコート後の研ぎ出しなんかも頑張ったりしましたね。
実車のマクラーレンの様式美もあって、勢いあまってこんな状態になるほどボディ作ってました。



このときに今の空力開発スキルの土台ができたといっていいでしょう。

しかしその次の年は私にとっては試練の年でした。

それは今でもモデラーを悩ましているであろうクローム塗装。
今ではいろんな塗料が開発され、技術とツールのある人は再現も可能になっていますが、
この当時はこれが私の限界でした。



ボディワーク自体はそれほど苦労することもなかったんですが、初めてエアブラシを使った
塗装にチャレンジしたシーズンでした。
(それまでもこれ以降も塗装は缶スプレーです)

そしてライコネン移籍とともにフェラーリの担当となった2007年はまず天狗。



前年にこれまた戦争中のだれかがスーパーアグリのルーバー開けちゃうもんだから
やらざるを得なくなった年です。

んで、シーズン後半にはついにメットのサイズまで手を出しました。

こちらが製品版の大きさ


こちらがリサイズ後の大きさ


回りのお馬鹿もきわまって、だれもやらないだろうと思われたアースカラーも
ちゃんと作られたりしてましたね。



まあこの人は過去にこんなネタまで出す余裕がトゥネにある人ですが。

負けないように続き頑張るか。

[ 2008/07/15 01:04 ] MIA通信 | TB(0) | CM(0)

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